2011年3月11日14時46分に発生した東日本大震災は,未曽有の規模の地震とそれに続く津波により東日本太平洋沿岸地域に甚大な被害をもたらしました.農業生産は農地・施設の破損,海水の浸入などにより重大な影響を受けました.一方,東京電力福島第1原発事故により放出された放射性物質は,福島県だけでなく広範囲に拡散し,食の安全・安心に大きな問題を投げかけています.こうした中,日本作物学会の多くの会員が震災後の農業生産の復旧にそれぞれの立場で尽力しています.


「被災水田における農業再生のデザイン-資源作物の栽培とエネルギー化-」

森田茂紀会員(東京大学大学院農学生命科学研究科・附属生態調和農学機構)
土肥哲哉会員(東京大学大学院農学生命科学研究科・附属生態調和農学機構)
阿部 淳会員(東京大学大学院農学生命科学研究科生産環境生物学専攻)

東日本大震災による地震・津波・原発事故で,多くの農地,とくに水田が大きな被害を受けました.これまでに蓄積されている災害復旧に関するノウハウなどを利用し,稲作が再開できるところでは積極的に稲作を行っていく必要があります.しかし,放射性物質による汚染や風評被害のために販売できない米が一定期間,一定量,発生する可能性が高いので,このような被害米はすでに技術開発が進んでいるバイオエタノール化の原料とすることが考えられます.一方,稲作が再開できない水田では,ジャイアントミスカンサスやエリアンサスなどの資源作物を栽培し,ペレット化などにより燃料として利用することが考えられます.そこで,福島県いわき市の被害水田でこれらの資源作物の栽培試験を実施しています.これが事業化に結び付けば,水田の保全やリハビリを行いながら,再生可能エネルギーの地産地消を進めながら,農業再生・地域振興にも貢献できます.

○震災に関する研究発表
森田茂紀(2012)被災農地の農業再生のデザイン-資源作物の栽培とエネルギー化.第三回放射能の農畜水産物等への影響についての研究報告会-東日本大震災に関する救援・復興に係る農学生命科学研究科の取組み-.(2012年5月26日)東京大学
(講演要旨と動画(2013年6月18日まで) http://www.a.u-tokyo.ac.jp/rpjt/event/20120526.html

森田茂紀(2012)東日本大震災被災農地の農業再生のデザイン-被害米のバイオエタノール化と資源作物のペレット化-.農業および園芸 87(9):881-882.
森田茂紀(2013)東日本大震災被災水田における農業再生のデザイン.「イネイネ・日本」第13回シンポジウム「がんばれ、東日本の米作り!」(2013年3月15日)東京大学(予定)

被災水田(左の写真)を復旧した後、エリアンサス(右の写真の手前左側)とジャイアントミスカンサス(右の写真の手前右側)を栽培したところ、順調に生育した。


「米と大豆加工品の放射性セシウム濃度の推定と希釈」

藤村恵人会員(福島県農業総合センター)
佐藤 誠会員(福島県農業総合センター)
丹治克男会員(福島県農業総合センター)

 震災にともなう原子力発電所の事故により,食品の放射性セシウム汚染が問題となっています.そこで,福島県農業総合センターは学習院大学と共同して,玄米中の放射性セシウム濃度を穂揃期の地上部全体の濃度やポットで育てた幼苗の濃度から推定できることを明らかにしました.また,玄米を精米することや白米のとぎ回数を増やすことで放射性セシウム濃度が低くなることを見出しました.さらに,大豆では豆腐や味噌などへの加工の過程で行われる吸水や副材料の添加により,加工食品中の放射性セシウム濃度が原料の大豆に比べて低くなることを確認しました.これらの研究成果は,第234回日本作物学会講演会で発表されました.

○震災に関する発表等
福島県農業総合センター ホームページ「農業分野における放射性物質試験研究について」
https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/37200a/kenkyu-seika.html

<口頭発表>
藤村恵人ほか (2012)
玄米中放射性セシウム濃度の推定および土壌からの吸収リスクの作付け前診断
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcsproc/234/0/234_10/_pdf
佐藤誠ほか (2012) 精米歩合及び炊飯米の放射性セシウムの解析
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcsproc/234/0/234_12/_pdf
丹治克男ほか (2012) 大豆の加工に伴う放射性セシウム濃度の動態
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcsproc/234/0/234_16/_pdf


「水稲の移植晩限と晩植化に伴う減収率の推定」

中川博視会員(農研機構・中央農業総合研究センター)
神田英司会員(農研機構・東北農業研究センター)
吉田ひろえ会員(農研機構・中央農業総合研究センター)
鮫島良次会員(北海道大学)
中園江会員(農研機構・中央農業総合研究センター)
近藤始彦会員(農研機構・作物研究所)
渡邊好昭会員(農研機構・中央農業総合研究センター)
長谷川利拡会員(農業環境技術研究所)

 東日本大震災の被災地および被災地周辺の農耕地では,冠水や灌漑設備の損傷等により水稲の移植の遅れが生じました.中川会員らは,農研機構内部研究所および農業環境技術研究所と共同で,気象データと生育予測モデルを用いて,東北,関東甲信,北陸地域における水稲の移植晩限日の推定を行いました.移植晩限は,1)低温による登熟不全,2)収量低下の2つのリスクを考慮して,次のように算出されています.1)については気温平年値が15℃以下となる初日を安全成熟晩限日とし,登熟に必要な積算温度と出穂期予測モデルを使用して,安全成熟晩限日から逆算して移植晩限日を決定しました.2)については生育・収量予測モデルSIMRIW (Horieら1995)を用いて,最近20年間の年々の気象条件下で移植日を変えて粗玄米収量を推定し,各移植日における推定収量の年次平均値を算出しました.各地の移植盛期の粗玄米収量の推定値を基準に,各移植日の減収率が10%になる日を移植晩限日としました.そして,1),2)で求めた2つの移植晩限日のうち,早い方の日を安全な移植晩限日として県別に示しました.この成果の詳細は,農研機構ホームページ「東日本大震災への対応」に掲載されています.

○震災に関する発表等
農研機構ホームページ
http://www.naro.affrc.go.jp/narc/contents/higashinihon_disaster/index.html

<口頭発表>
中川博視・神田英司・大野宏之・吉田ひろえ・菅野洋光・鮫島良次・濱嵜孝弘・根本学・中園江・大原源二・近藤始彦・石黒潔・渡邊好昭・長谷川利拡(2011)生育・収量シミュレーションモデルを活用した水稲移植晩限日の推定.日本作物学会紀事80(別2):184-185.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcsproc/232/0/232_0_184/_pdf


「放射性セシウムのイネへの移行」

根本圭介会員(東京大学大学院農学生命科学研究科)

 東京大学大学院農学生命科学研究科では,各専攻や附属施設が協力して,被災地について役立つ研究を進めています.根本会員を初めとする作物生産・土壌グループでは,現地圃場における栽培試験(福島県農業総合センターとの共同研究),大学における室内実験,農家圃場でのサンプリングなどを通じて,土壌からのイネへの放射性セシウムの移行と体内分布,イネへの放射性セシウムの移行と土壌の物理化学性との関係,イネにおける放射性セシウム吸収の品種間差,イネの放射性セシウム吸収に対するカリウムの施用の効果,水田生態系における放射性セシウムの循環・収支などの課題に取り組んでいます.また,根本会員は,福島県伊達市の市政アドバイザーとして,同市でのコメの放射性セシウム吸収の低減に向けた「試験作付」に,福島大や東京農大などの研究者とともに取り組んでいます(試験作付の結果の概要は、同研究科による第五回報告会で公表ずみ).

○震災に関する発表等
同研究科による研究報告会の要旨と動画は以下で公開されています.
第一回(2011年11月19日)http://www.a.u-tokyo.ac.jp/rpjt/event/20111119.html
第二回(2012年02月18日)http://www.a.u-tokyo.ac.jp/rpjt/event/20120218.html
第五回(2012年12月8日)http://www.a.u-tokyo.ac.jp/rpjt/event/20121208.html


「放射性物質に汚染された表層土壌の埋却」

渡邊好昭会員(農研機構・中央農業総合研究センター)

 渡邊会員は,農研機構本部の藤森氏とスガノ農機株式会社と共同で,プラウを用いた反転耕により放射性物質で汚染された表層土壌を埋却する方法を明らかにしました.東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故により,放射性物質が降下した圃場の除染対策においては,排土が出ない方法としてプラウによる反転耕が考えられます.ところが,プラウ耕については,これまで除染対策としての検討はなされてきませんでした.そこで,反転耕が空間線量率に及ぼす影響を把握するとともに,表層の放射性物質が反転耕によってどのように土中に埋め込まれるかを調べました.実験の結果,水田において反転耕をジョインタ付きボトムプラウ(3連、20インチボトムプラウ)により耕深30cmで実施した後,トラクタによる踏圧,パワーハローによる砕土,レーザーレベラーによる均平を実施し,無代かきで栽培すれば,イネの移植栽培ができるようになることを明らかにしました.この成果は,農研機構の「研究成果情報」として公表されています.

○震災に関する発表等
・渡邊好昭ほか(2011) プラウを用いた反転耕による放射性物質に汚染された表層土壌の埋却.2011年度 農研機構 研究成果情報(http://www.naro.affrc.go.jp/disaster/index.html


「地震・津波による農業被害」

国分牧衛会員(東北大)

 国分会員は,津波被害を受けた太平洋沿岸農業地帯の水田や畑の被害状況について震災直後から調査を行い,被害の実態と復旧方策について提言を行っています.震災後に東北大学大学院農学研究科内に組織された「食・農・村の復興支援プロジェクト」(活動詳細は下記のHPを参照)のメンバーとして津波被害地の実態調査に参画し,同プロジェクトチーム企画のシンポジウムにおいて被害実態の調査結果や対応策について報告しています.また,日本学術会議や日本農学会の「東日本大震災の復興に対する農学の役割」ワーキンググループ,大学等主催のシンポジウムあるいはマスメディア等を通じて,これらの成果を報告しつつ復興策の提言を行っています.2012年9月には日本作物学会第234回講演会において,大震災に対する作物生産技術に関する公開シンポジウムをオーガナイザーとして計画しています.

○震災に関する発表等
<口頭発表等>
・国分牧衛(2011) 地震・津波による農業被害:実態と復興への途 イネイネ日本プロジェクト第10回シンポジウム2011.6.8,東京大学. (発表スライドはこちらからご覧いただけます

「食・農・村の復興支援プロジェクト」 ホームページ
http://www.agri.tohoku.ac.jp/agri-revival/

日本農学会
「東日本大震災からの農林水産業の復興に向けて-被害の認識と理解,復興へのテクニカル リコメンデーション-」
https://www.ajass.jp/pdf/recom2012.1.13.pdf


「水稲の塩害の生理機構とその対策」

近藤始彦会員(農研機構・作物研究所)
荒井裕見子会員(農研機構・作物研究所)
高井俊之会員(農研機構・作物研究所)
吉永悟志会員(農研機構・作物研究所)
岩澤紀生会員(農研機構・作物研究所)

 農研機構・作物研究所は,震災後に津波被害や液状化被害を受けた地域の水田の圃場・施設の被害状況や水稲の塩害障害を調査し,塩害対策について提言を行っています.
 液状化被害を受けた茨城県稲敷市においては,農地,灌漑排水施設の破損状況や,水路への塩類混入被害,水稲収量の塩類障害の影響を調査しています.また津波冠水を受けた水稲宮城県仙台市若林区,石巻市蛇田地区においては現地での耐塩性の品種評価試験を他機関と共同して実施しています.食用品種,飼料用品種など実用品種について耐塩性とその品種特性の評価を行うとともに,東北地域向けの耐塩性品種開発にも協力しています.これら活動から,高塩類の水田での栽培・品種対策について提言を行うとともに,耐塩性が比較的高い水稲品種や育種素材を見出し,日本作物学会などで公表しています.

稲敷市における水田の液状化被害 (2011年3月)
稲敷市における水稲の塩類障害 (2011年7月)

○震災に関する発表等

<口頭発表等>
近藤始彦 (2011)農作物の耐塩性 農研機構東北農業研究センターシンポジウム「津波被害農地の塩害対策技術」2011.12.1 仙台

近藤始彦・荒井(三王)裕見子・小林伸哉・高井俊之・岩澤紀生・吉永悟志(2011) 塩ストレスの水稲品種生育への影響比較 日本作物学会関東支部会報 26:28-29

荒井(三王)裕見子・小林伸哉・吉永悟志・高井俊之・岩澤紀生・近藤始彦 (2011) 幼植物における耐塩性の水稲品種間差異 日本作物学会関東支部会報 26:26-27

<論文・総説等>
吉永悟志・春原嘉弘・近藤始彦・荒井裕見子・高井俊之「水稲の晩植栽培における技術的留意点」 農業及び園芸86:733-736. 2011.

荒井(三王)裕見子・小林伸哉・吉永悟志・高井俊之・近藤始彦「水稲の塩害とその対策」農業及び園芸86:737-742. 2011.

近藤始彦・曽根千晴・荒井(三王)裕見子・小林伸哉・高井俊之・岩澤紀生,吉永悟志(2012) 作物の塩害の生理機構とその対策 (1)塩害の特性と生理メカニズム農業及び園芸 87:156-161

近藤始彦・曽根千晴・荒井(三王)裕見子・小林伸哉・高井俊之・岩澤紀生,吉永悟志(2012) 作物の塩害の生理機構とその対策(2)品種・栽培管理対策 農業及び園芸 (印刷中)

作物の塩害の生理機構とその対策

(「農業および園芸」2012年新年号および2月号に掲載予定記事を一部改変)


「これまでの経緯と日本作物学会の取り組み」
2011/03/11東日本大震災発生
2011/04/22日本作物学会ホームページから 「東日本大震災からの復旧・復興に向けて:日本作物学会よりの提案」を発表
2011/06/25震災により中止された日本作物学会第231回講演会に代わる研究集会を東京大学で開催し,東日本大震災に係る下記の特別小集会を開いた.
「福島の農業に何が起きているか?―東日本大震災と原子力事故について考える」
1.福島県の農業における東日本大震災の影響と対応
  藤村恵人 氏(福島県農業総合センター)
2.東日本大震災と福島県の現状を考える
  長谷川浩 氏(日本作物学会・日本有機農業学会会員)
2011/11/17国分牧衛 会員(東北大学)が,日本農学会が主宰する「東日本大震災の復興に対する農学の役割」ワーキンググループ委員として参加.日本農学会から「東日本大震災からの農林水産業の復興に向けて-被害の認識と理解,復興へのテクニカル リコメンデーション-」が公表された.
https://www.ajass.jp/pdf/recom2012.1.13.pdf
2012/09/10日本作物学会第234回講演会においてシンポジウム「東日本大震災からの農業再生と作物生産技術」を開催.

 1.津波による農地の冠水被害と耐塩性作物栽培
   南條正巳 氏(東北大学大学院農学研究科)
 2.津波による冠水被害水田における水稲栽培技術
   日塔明広 氏(宮城県古川農業試験場)
 3.放射性物質の土壌-作物間における動態
   塚田祥文 氏(環境科学技術研究所)
 4.放射能による作物被害と吸収抑制技術
   根本圭介 氏(東京大学大学院農学生命科学研究科)
 5.Lessons Learnt from the 2004 Tsunami in the Indian Ocean
   (2004年インド洋地震津波災害の教訓)
   Peter Slavich 氏(NSW Primary Industries, Australia)
 6.被災地域の農業復興のデザイン
   島田和彦 氏(農水省農林水産技術会議事務局)